世界一の霊山―指南宮

仙公廟とよく呼ばれる指南宮は、台北市内最も文化的な文山区の木柵山の中腹にあります。面積は広くて80平方ヘクタールを占めます。道教、仏教、儒教が共通に信仰されています。園内回廊通路と数多く美しい花園が4大主殿と次殿5軒と共に羅列しています。

1882年、淡水知事の王彬林さんが台湾へ赴任する際に、呂仙祖の分霊を連れて艋舺(今の萬華)の玉清齋に着きました。その後、景美街に伝染病が起きるせいで、多く郷民が亡くなってしまいました。そこで、地元の紳士が呂仙祖の神の像を景美まで運んで行きました。おかげさまで、伝染病がやっと落ち着きました。

 地元の紳士達は呂仙祖の恵みを感謝し、且つ死にそう辿って回復した地主の劉さんが私有の土地を寄付したため、1890年、「指南宮」を建てられました。
「指南宮」の名の由来は、呂仙祖が仙界で南宮に居るそうですから。さらに、世界を救助するために、指南の針が必要だという理由もあります。というわけで、指南宮は天の上の南宮を指名することです。建てられたばかりに粗末でしたが、呂仙祖の霊威で信徒が長年に信じていますし、歴任の主事も積極的に建設するから、何度も建て増しされました。

 主任委員を現職している高忠信さんは指南宮を建てられてから120年の間に、もう60年間投入してきました。最初に基礎な職務を就きましたが、積極的に宮内の業務をしていますから、委員全体の好評を取りました。次々宮内の要務ができるようになりました。40年前から、指南宮の増築という主要な任務を受けました。1963年から1966年まで7802.16平方メートルの広さを占める指南宮内最も高い神殿も彼の手の内に建てられました。1973年から1984年まで7階に辿る大雄宝殿の正殿も完成し、1991年から2000年まで、外観が変わらずにコンクリートで主殿の純陽宝殿を直しました。

 高さんは今までの40年間指南宮を守る責任を負い、今の華麗で人気がある指南宮を築きました。彼の生涯と言いましたら、指南宮の歴史だけではなく、台湾の道教の歴史にも重要な位置があります。

廟住所:台北市Wunshan区
万寿路115

電話:29399922